日本歴代最強馬シリーズ 名馬たちの記憶⑦ 期間限定の最強馬マチカネフクキタル

JRA-VANより 名馬たちの記憶

日本歴代最強馬シリーズ 名馬たちの記憶⑦
期間限定の最強馬マチカネフクキタル

 

栗東の森調教師に「4歳(現3歳)の夏から菊花賞までは圧倒的な強さだった」と評価され、20世紀の最強馬に推されたマチカネフクキタル
真価を発揮したのは短期間。しかし、その僅かの期間に魅せた全盛期の末脚は他馬が止まって見えるほど桁違いのスピードだった。そして、見る者に強烈なインパクトを与え多くの競馬ファンを魅了した。
今回は、僅かながらも最強馬に相応しい末脚を持った彼の記憶を辿ってみたい。

期間限定の最強馬 マチカネフクキタル

馬名は一般公募

マチカネイワシミズ・・・・・マチカネタンホイザ・・・・・。そして、マチカネアカツキ・・・・など。独特のネーミングセンスで命名されたマチカネの冠名を持つ競走馬たち。挙げるとキリがないほどマチカネ○○は多頭数存在する。
そして、1995年の市場にて購入された2頭の綺麗な栗毛の仔馬。しかし、これまで多くの
競走馬を所有してきた馬主は、この時だけ馬名に難色を示していた。
そこで、ある新聞記者から一般公募してみてはどうだろうかとの意見に賛同。約9000通の公募から栗毛の2頭(兄弟ではなく同期の馬)に対してワラウカド・フクキタルと命名。
『笑う門には福来たる』
当時、2頭で分けた馬名は話題を呼んだ。こうして、のちにマチカネ軍団悲願のGⅠ馬となるマチカネフクキタルが誕生したのだった。

兄の忘れ形として

クリスタルグリッターズは仏国の中距離GⅠを2勝した名馬。
アテナトウショウは中央で13戦2勝の戦績を残し繁殖入り。その父は日本が誇る名馬の1頭であり、その姿形から『天馬』と呼ばれたトウショウボーイである。
実はマチカネフクキタルが誕生する3年前に同配合でマチカネフクキタルの全兄にあたる幼駒がいた。その仔馬は調教師や馬主からの問合せが殺到するほどの身体能力を持った馬だったが残念ながら病に倒れ、この世を去っている。
その仔馬を惜しんだ生産者は、なかなか忘れることができずにいた。そして3年後、同配合にて誕生したのがマチカネフクキタルである。見た目や身体能力は亡くなった全兄に劣ったものの健康で順調に成長した幼きマチカネフクキタルは1年後の市場にてマチカネ軍団の総帥の目に留まったのだった。

念願のダービー出走

そんな生産者の想いが詰め込まれた血統背景を受け継いだマチカネフクキタルのデビューはダート戦。
2番人気に支持されるも3着。ちなみに、このレースで大差勝ちしたのは翌年の桜花賞を制することになるキョウエイマーチだった。
年が明け、クラシックシーズンが到来。そのキョウエイマーチが桜花賞、ブライアンズタイム産駒のサニーブライアンが人気薄で皐月賞を制した頃、マチカネフクキタルは1勝クラスで2着、1着と何とかオープンクラスの仲間入りする程度の競走馬だった。
そして、3歳の春先でオープンクラスとなった以上、目指すは生涯一度の日本ダービーである。その切符を手にするため、日本ダ―ビー最後のトライアルレース、プリンシバルステークスに出走。6番人気だったが、のちに最強の逃げ馬との呼び声が高いサイレンススズカに届かずも2着となり、念願の日本ダービーの出走権利を得た。こうして、マチカネフクキタルは、マチカネ軍団の悲願だった日本ダービー出走権を手に入れた。
そして、晴天で迎えた日本ダービー。
1番人気はメジロライアンの初年度産駒メジロブライト。皐月賞馬サニーブライアンは6番人気でマチカネフクキタルは11番人気だった。
結果は「もうフロックでも何でもない」と言わしめ逃げ切り勝ちを収めたサニーブライアンが二冠達成。マチカネフクキタルはサニーブライアンから遅れること0・5秒差の7着と惨敗。なお、1番人気のメジロブライトは3着に敗れている。

最強馬の片鱗

次の目標をクラシック最終戦の菊花賞と定めた陣営は、日本ダービーから1ヵ月後に2勝クラスの条件戦へ出走させ、ここはあっさりと3馬身差の圧勝劇をみせた。
これこそ、期間限定ではあるが覚醒したマチカネフクキタル最強馬伝説の幕開けとなるのであった。
2ヵ月後の神戸新聞杯GⅡでは、10馬身以上突き放しマイペースで逃げるサイレンススズカに誰もが追い付けないと思った瞬間、馬群の中から桁外れの末脚でサイレンススズカを射程圏内に入れると、10馬身以上あった差をゴール前で差し切り勝ちを収め重賞初勝利。見事、プリンシバルステークスのリベンジを果たした。
鞍上の南井騎手ですら「まさかサイレンススズカを捉えることが出来るとは凄い脚でしたね」とマチカネフクキタルを称えるほど、もの凄い末脚を披露した。

画像はイメージです。

これで賞金も加算した。目指すは菊の道である。ところが、現在のローテーションでは考えにくいが陣営は菊花賞までにもう1戦走らせる道を選択。それは菊花賞の前哨戦、京都新聞杯GⅡであった。
その思いに応えるかのように覚醒したマチカネフクキタルは、先行勢から早め抜け出し勝利。日本ダービー後、3連勝で菊本番に向けて万全の準備が整った。

菊の舞台に福来る

そして、迎えた大一番、第58回菊花賞。
レース当日、蓋を開けて見ると
予想外にも3番手評価。1番人気は京都大賞典GⅡで古馬を相手に勝利したシルクジャスティスだった。競馬ファンは3歳ながら古馬を粉砕した実力を買ってのことだったのだろう。
しかし
、覚醒したマチカネフクキタルには人気など関係なかった。豪腕、南井騎手を背に桁外れの脚を京都に集った10万人の前で披露。
連勝での勝利を競馬界の名実況でお馴染みの杉本アナが上手く表現している。

『またまた福が来た! 神戸そして、京都に次いで、菊の舞台でも福が来た!』

桁外れの末脚は菊花賞で上がり3ハロン33・9秒という驚異的なタイムだった。
なお、これまで菊花賞でこの驚異的なタイムを記録したのは、無敗の三冠馬ディープインパクト、レースレコードで勝ったソングオブウインド・史上最少のキャリア4戦で勝利したフィエールマンの3頭しかいない。
7馬身差という圧倒的な勝利で史上5頭目の三冠馬となったナリタブライアンでさえ34・3秒だったのだ。
この数字を見れば、多くを語らずともマチカネフクキタルが魅せた桁外れの末脚がいかに凄いか、理解して頂けるだろう。なお、このレースには後の大種牡馬となるステイゴールドも出走していたが8着に敗れている。
蛇足する
が、馬名の由来となった同期馬マチカネワラウカドが地方競馬の交流重賞 東海菊花賞を勝利したことで、兄弟ではないが馬名の由来馬同士で菊花賞馬となったことも話題となった。

早くも燃え尽きた最強馬

菊花賞馬となり、当然だが翌年以降も注目と脚光を浴びる存在となるはずだった。
しかし、
菊花賞で燃え尽きてしまったのか。その後のマチカネフクキタルは翌年の金鯱賞GⅡから引退レースとなった宝塚記念GⅠまでの重賞レース11連敗と不甲斐ない戦績を残してしまう。
結果的にマチカネフクキタルが魅せた勝利は菊花賞が最後となった。

短期間ではあったが、その桁違いの末脚が評価され最強馬として謳われたマチカネフクキタル。引退後、種牡馬となったが彼の末脚を受け継ぐ仔を輩出することなく、2020年の夏に26歳で生涯の幕を閉じた。
きっと、この先も競馬ファンの中では菊花賞馬マチカネフクキタルとしての記録ではなく驚異的な末脚が記憶として残り続ける。それほどまでに凄い桁違いの末脚・・・・・・・・だった。

クリスタルグリッターズ Blushing Groom Red God
Runaway Bride
Tales to Tell Donut King
Fleeting Doll
アテナトウショウ トウショウボーイ テスコボーイ
ソシアルバターフライ
グレイトウショウ シルバーシャーク
ローズトウショウ

生涯戦績 22戦 6勝(6-4-1-11)
主な勝鞍 菊花賞


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