マヤノトップガン|歴代最強馬|脚質自在の弾丸|名馬たちの記憶㊳

名馬たちの記憶
JRA

マヤノトップガン
脚質自在の弾丸

※本ページはプロモーションが含まれています。

「秘匿情報は外厩にあり!元関係者が語る競馬の裏側!!」競馬予想サイト レープロ はこちら

マヤノトップガン 脚質自在の弾丸

時には弾丸のように鋭く飛び抜け、時には狙いすました末脚で歴代最強馬たちを撃墜したマヤノトップガン。

その脚質自在な弾丸は、一気に年度代表馬にまで登り詰め、数々の伝説的なレースを日本競馬史に刻み、多くの競馬ファンを魅了し続けた。

今回は、栗毛の馬体から繰り出される変幻自在の脚質を持ったマヤノトップガンの記憶について振り返っていきたい。

脚部不安との戦い

父はサンデーサイレンストニービンと肩を並べ日本の競馬史に新たな1ページ刻んだブライアンズタイム

アルプミープリーズは、父にブラッシンググルームを持つ米国産馬であり、1986年のパリ大賞(仏G1)を優勝したスウィンクの半姉にあたる。
その妹とは違い、アルプミープリーズ自身は競走馬としては未出走のまま、米国で繁殖牝馬となった。

そして、第2番仔を産んだのち1988年に日本へ輸入され、1992年3月24日、川上牧場にて第6番仔として生まれた栗毛の牡馬こそが、のちのマヤノトップガンである。

月日が経ち、3歳(現2歳)となったマヤノトップガンは、1994年3月に栗東の坂口正大厩舎に入厩。その綺麗な栗毛と優雅な馬体には大きな期待が寄せられた。
しかし、デビュー戦に向け、調教を始めると右前肢に骨瘤炎(ソエ)を発症してしまい、調教続行不能となった。

そこで北海道に戻り、門別町のクローバーファームで放牧され、秋になると骨瘤炎は癒され、再入厩。ただし、厩舎でも脚部に極力負担の小さいプール調教で鍛えられた。

そのため、調教に時間を要し、3歳のうちにデビューすることはできなかったのである。

脚元 < 負担減

4歳(現3歳)となり、ようやくデビューに辿りついたものの脚元の不安にて陣営は、デビューからの7戦全てをダートで走らせた。

ただ、ダート適性はなかったためか、初勝利は4戦目。その後も凡走が続き7戦目で2つ目の勝利を得たことで、ようやく初の芝コースに足を踏み入れた。

8戦目となった初の芝コースで3着に入ると、次走のやまゆりS(2勝クラス)を快勝。
この3勝目の勝ち星を機にマヤノトップガンは、牡馬クラシック最後の一冠、菊花賞(G1)への猛ダッシュを始めることとなる。

いざ菊獲りへ

その菊花賞には、賞金的に出走が厳しいため、トライアルレースで賞金を加算する必要があった。

そして、条件馬ながら、挑んだ神戸新聞杯(G2)では、タニノクリエイトの2着。続く京都新聞杯(G2)でもナリタキングオーの2着と勝ち星は得られなかったが、何とか”菊の切符”を手にした。

それでも本番の菊花賞で重賞未勝利ながらも3番人気に支持されたことは、ファンにとって、マヤノトップガンに対する期待度が大いに現れていた結果だといえる。

その菊花賞では、武豊騎手が騎乗するオークス馬ダンスパートナーが1番人気に推され、ダービー馬タヤスツヨシは、近走の不甲斐ない結果から5番人気と本命不在の混戦ムードが漂っていた。

ところが、蓋を開けてみれば、陣営が期待した以上の横綱相撲でマヤノトップガンが2着のトウカイパレスに1馬身と1/4差で勝利。見事、重賞初制覇が菊花賞という離れ業をみせたのだった。

一気に頂点に立つ

菊花賞馬となったマヤノトップガンは、さらに戦いの照準を古馬たちに向け、暮れの大一番、有馬記念(G1)に出走を試みた。
ここには、女傑ヒシアマゾンや復活を懸ける三冠馬ナリタブライアンなど、90年代を代表する名馬たちがズラリ。

そんな中、前走の菊花賞では、先行集団に付けての早め抜け出しを図ったが、有馬記念では、逃げを打って出た。なお、この日は強風が吹くコンディションとなり、強風の時に前に行くと風避け役割を果たしてしまうため、前に行かないのが競馬のセオリーだという。

それに対し、元祖天才との異名を持った田原成貴元騎手は、強風ではないと言わんばかりの作戦に出たのである。
レースでは、元祖天才の目論見通り、マヤノトップガンがそのまま他馬を寄せ付けることなく、逃げ切り勝ち。もちろん、歴代最強馬たちを抑え、逃げ切ったマヤノトップガンも強かったが、鞍上の腕が光ったレースともいえた。

こうして、菊花賞・有馬記念との連続G1勝利が評価され、1995年の年度代表馬に輝いたマヤノトップガン。
しかし、それが鞍上の腕による勝利だという評価がつきまとったため、陣営は、もどかしさをかみ締めたままだった。

日本競馬史に残る歴史的一戦

年が明け5歳(現4歳)となったマヤノトップガンの動向が注目されるのは、至極当然のこと。そんな中で迎えた年明け初戦は、のちに伝説の名勝負と語り継がれる一戦となる。

それは、1994年の年度代表馬ナリタブライアン対1995年の年度代表馬マヤノトップガンが日本競馬史上最高の一騎打ちと称されるマッチレース。
舞台は、阪神大賞典(G2)で出走馬は10頭だったが、残り800m付近で2頭付いていける競走馬はおらず、勝敗はゴール寸前まで分からないほどのデッドヒートとなった。

溢れんばかりの大歓声が巻き起こる中、最後にひと伸びしたナリタブライアンがアタマ差で勝利。

この時、坂口調教師は、ナリタブライアンほどの最強馬に詰め寄ったマヤノトップガンは、もはや最強馬だと錯覚を起こしたという。

そして、その錯覚は、次走の天皇賞・春(G1)で、まさかの5着に敗れたことで目が覚めたと後に語っている。

不本意なグランプリ

錯覚にて敗れた相手サクラローレルや最強馬ナリタブライアンが春のグランプリ宝塚記念(G1)を回避したことで有力なライバル不在のレースになったため、マヤノトップガンの独り舞台で圧勝。

ただ、G1・3勝目を飾ったにも関わらず、最強馬の証明とはならなかった。
陣営は、もどかしさを拭いされぬまま秋を迎えることとなる。

そして、陣営が懸念した、もどかしさは秋以降、拭いきれずにいた。
秋の始動戦となったオールカマー(G2)では4着に敗れ、続く天皇賞・秋(G1)でも2着、師走の有馬記念では、再びサクラローレルに敗れての7着。

結果的に年度代表馬となった翌年に勝利を挙げたのは、ライバル不在の中で制した宝塚記念のみとなったのである。

借りを返す走りを

狂い始めた歯車は元に戻るのか――
年が明けて、6歳(現5歳)となったマヤノトップガンは、この年で引退することを表明。

こうして、残されたラストシーズンとなった春は、昨年、最強馬ナリタブライアンと後世に語られるほどの死闘を演じた阪神大賞典から始動。ここでは、ライバルが見当たらず、2着に3馬身半差で圧勝。

昨年、錯覚を起こし惨敗した春の盾獲りへ準備は整い、悲願達成への出撃が開始されようとしていた。

春の盾は三強

天皇賞・春の前哨戦を圧勝したマヤノトップガン。ただ、ライバルたちも黙ってはいなかった。

連覇を狙うサクラローレルが1番人気に推され、G1勝ちはないものの、ここまで12戦9勝と勢いに乗るサンデーサイレンス産駒のマーベラスサンデーが3番人気。
その間を割ったのが、マヤノトップガンだった。そして、この3頭が三強とされ、レースも三強による熱演となった。

レースでは、サクラローレルとマーベラスサンデーが中団追走でレースを進め、マヤノトップガンは後方に位置した。
2周目の第3コーナーあたりでサクラローレルがかかりながら進出すると、マーベラスサンデーも併せるようにして、その後を追った。2頭が一気に先頭集団まで上がったことで全体的にペースが乱れた。
そんな中、マヤノトップガンは動じず、中団に待機。これは、待機ではなく、前方のギガトンがじりじりと後退してくるため、動けなかったのだ。しかし、それが功を奏したのである。

最後の直線に入り、サクラとマーベラスの2頭が競り合う中、マヤノトップガンは、手応え抜群の状態で最終コーナーまで到達すると、内から外に持ち出した。そして、直線に向くと2頭の遥か外、大外から追い上げる脅威の末脚をみせた。

2頭との差は約8馬身ほどあったが、外から一気にマヤノトップガンが2頭まとめて差し切ると、最終的には、サクラローレルに1馬身と1/4差、マーベラスサンデーにも1馬身半以上の差をつけての勝利。
見事、G1通算4勝目を挙げるとともに最強馬としての貫禄を保ったのである。なお、このレースは、マヤノトップガンを語る上でベストレースだったとの声が多い。

不治の病

この後、堂々とG1・4勝馬として春のグランプリ連覇に秋のG1獲りと引退までの戦いに期待されたが、春の盾獲得後に屈腱炎を発症。惜しくも引退となった。

種牡馬入り後、1100頭ほどの産駒を世に残したが、残念ながらG1勝ちする仔は輩出できなかった。

しかし、2021年のジャパンダートダービー(交流G1)を制したキャッスルトップの母の父など、その血は細々と繋がれている。

脚質自在の弾丸として、追ってよし・逃げてよしの競馬でターフにその名を刻んだマヤノトップガン。
そして、ナリタブライアンやサクラローレルといった歴代最強馬たちとの死闘は、これからも後世に語られるだろう。

それほどまでに元祖天才と一緒に強烈なインパクトを残した名馬だったことは言うまでもない。

ブライアンズタイム Roberto Hail to Reason
Bramalea
Kelley’s Day Graustark
Golden Trail
アルプミープリーズ Blushing Groom Red God
Runaway Bride
Swiss Vaguely Noble
Gala Host

生涯戦績 21戦 8勝(8-4-5-4)
主な勝鞍 菊花賞、宝塚記念、有馬記念、天皇賞・春


人気ブログランキング

ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村

コメント

タイトルとURLをコピーしました