スティルインラブ|歴代最強馬|夭逝の三冠牝馬|名牝たちの記憶⑳

名牝たちの記憶
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スティルインラブ
夭逝の三冠牝馬

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スティルインラブ 夭逝の三冠牝馬

日本競馬史において、二十世紀に牡馬クラシック三冠を達成したのは、セントライトシンザンミスターシービーシンボリルドルフナリタブライアンの5頭。それに対し、三冠牝馬に輝いたのはメジロラモーヌの1頭だけだった。

しかし、二十一世紀に入った現在のその数は、三冠馬8頭に対して、三冠牝馬は7頭となった。

牝馬新時代の幕開け――その歴史的扉を開いた1頭の名牝であり、史上2頭目の三冠牝馬に輝いたスティルインラブ。今回は、そんなスティルインラブの記憶について振り返りたい。

愛された馬名

父は日本競馬の血統史を大きく塗り替えた大種牡馬サンデーサイレンス
母のブラダマンテは、世界的大種牡馬ロベルトを父に持つ良血馬でスティルインラブの半兄にあたり、1996年のラジオたんぱ賞(G3)を勝ったビッグバイアモンといった重賞馬を輩出している。

そんな超良血な両親の元、スティルインラブは2000年5月2日に北海道は門別町の下河辺牧場で生を受けた。ちなみに馬名の由来は「今でも愛している」である。

名牝同士のデビュー戦

順調に成長したスティルインラブは、2002年11月30日、阪神競馬場にて牝馬限定の新馬戦に出走。鞍上には全16戦の手綱を取ることになる幸英明騎手を迎え、2着に3馬身半差をつけ、難なくデビュー戦を勝利で飾った。

なお、この新馬戦には、3年後の天皇賞・秋(G1)を制するヘヴンリーロマンスも出走していたが、6着に敗れている。

余談だが、父のサンデーサイレンスは、この愛娘のデビュー戦を見届けることなく、同年8月にこの世を去っている。享年16歳はあまりにも早く、あと数年でも種牡馬として活躍し続けていたら、また日本競馬の血統史も変わっていたかも知れない。

伝説の始まり

年が明けて、2戦目となった紅梅S(OP)も難なく快勝したスティルインラブ。ところが、3戦目の桜花賞トライアル・チューリップ賞(G3)では、直線で行き場を失ってしまう。
しかし
、残り100mで追い上げを見せるもオースミハルカの2着に敗れたが、最低限の仕事である桜花賞(G1)への優先出走権は確保した。

桜の季節に入り、迎えた牝馬三冠第一戦の桜花賞。
ここでスティルインラブは、この先、永遠のライバルとされるアドマイヤグルーヴと初対決を迎えた。スティルインラブと同じサンデーサイレンスを父に持ち、1997年当時、まだ牡馬優勢の時代において、その年の年度代表馬に選出された女帝エアグルーヴを母に持つアドマイヤグルーヴ。

そんな偉大な名牝エアグルーヴの初仔とあって、デビュー前から大きな期待をかけられており、セレクトセールでの落札価格は2億3000万円。
主戦は武豊騎手で桜花賞までの成績は3戦無敗。相手にとって不足はなかった。

そんな状況下でもスティルインラブは、アドマイヤグルーヴと人気を分け合う形で支持を受けた。

レースでは、デビューから手綱を取る鞍上の幸英明騎手がチューリップ賞の失敗を踏まえ、最後の直線では馬群を割って抜け出し、13番人気のシーイズトウショウに1馬身半差を付けての勝利。鞍上の幸騎手、スティルインラブともに初のG1のタイトルを手にした。

一方のアドマイヤグルーヴは、出遅れが響いてか、最後方からの競馬となり、直線で猛追を見せるも届かずの3着だった。

名牝たちの競演

スティルインラブとアドマイヤグルーヴ。
同世代にて、永遠のライバルとなる戦いは、牝馬三冠ロード第二弾、オークス(G1)へと続いた。

当時、スティルインラブの評価は、血統面などからマイラーだった。そのため、オークスの2400mは長いだろうと見られていた。それでもファンは、桜花賞と同じく2番人気に支持した。

逆にマイルよりも中距離は好材料と評価を受けたアドマイヤグルーヴが圧倒的1番人気に推されたのである。ただ、それ以上にアドマイヤグルーヴ陣営は必勝態勢だった。

それもそのはず。
このレースには、祖母ダイナカール、母エアグルーヴに続く母子三代オークス制覇の夢がかかっていたのだ。偉大な夢を託されたアドマイヤグルーヴ。マイラーと判断された桜花賞馬スティルインラブ。

名牝たちの競演は、スタート直後からアドマイヤグルーヴが気性の悪さを見せ馬群に沈み、終わってみれば、マイラー評価だったスティルインラブが2着のチューニーに1馬身と1/4差を付けて二冠達成と呆気ない幕切れとなった。

なお、二冠牝馬の誕生は、1993年のベガ以来10年ぶりのことだった。

三冠牝馬誕生

メジロラモーヌ以来、17年ぶりの三冠牝馬を視野に入れ、秋初戦となるローズS(G2)に向かったスティルインラブ。
ここでは、1番人気に支持されるも後方から伸びを欠き5着。アドマイヤグルーヴに初の敗北を喫してしまう。

その結果、牝馬三冠最終戦の秋華賞(G1)では、アドマイヤグルーヴが、1番人気に推され、スティルインラヴは2番人気に支持される形でレース本番を迎えた。

三冠牝馬が懸かったレースでは、アドマイヤグルーヴが、三度目の正直となるゲートを五分に飛び出し、終始スティルインラブをマークする展開に。それに対しスティルインラブは、中団で脚を溜め絶好のポジションを取った。

2頭の競演は、3、4コーナー中間で外から先に仕掛けたスティルインラヴに合わせるようにして、アドマイヤグルーヴも同じく外から動き出した。
淀の最後の直線で壮絶な追い比べを見せた末、勝負はスティルインラブが3/4差でアドマイヤグルーヴを抑えたところでゴール。

見事、メジロラモーヌ以来、17年ぶりの牝馬三冠を達成した瞬間となり、秋の紅葉が彩る京都競馬場は、祝福の大歓声に包まれた。

三冠牝馬の行方

見事、三冠牝馬に輝いたスティルインラブの次走は、エリザベス女王杯(G1)だった。
このレースで史上初の牝馬四冠を狙う中、今まで戦ってきた同世代のライバルたちに加え、古馬牝馬も交えての最強牝馬決定戦は、そう簡単にいくものではない。

しかし、ファンは、昨年のオークス馬スマイルトゥモローや一昨年のオークス馬レディパステルなどの歴戦の古馬牝馬を差し置き、スティルインラブを1番人気に支持。2番人気はアドマイヤグルーヴが推された。如何にこの世代の牝馬が強かったのか単勝人気を見ても分かるだろう。

そして、レースでもこの2頭が一歩抜けた展開になった。1000mの通過タイムが57秒5と超ハイペースとなるもゴール前では、2頭のマッチレースのような状態でゴール板を過ぎた。

着差は――ハナ差。勝利の女神はアドマイヤグルーヴに微笑んだ。

こうして、2頭の対戦は3勝2敗でスティルインラブに軍配が上がり、この年の最優秀3歳牝馬を受賞した。

ただ、古馬となってのスティルインラブには、とても厳しい現実が待ち受けていたのである。

夭逝の三冠牝馬

年が明け4歳となったスティルインラブは、5月の金鯱賞(G2)から始動するも8着に惨敗し、続く宝塚記念(G1)でも8着に敗れた。
その後も北九州記念(G3)府中牝馬S(G2)と凡走し、エリザベス女王杯では、永遠のライバル、アドマイヤグルーヴの連覇に花を添える形で9着と大きく後塵を拝し、結局この年は1勝も挙げることができなかった。

さらに翌年も現役続行となったが、昨年同様に金鯱賞から始動するも6着に敗れ、続く宝塚記念も9着。結果的に引退レースとなった府中牝馬Sでも17着と大きく敗退し、三冠を達成した秋華賞以降、1勝もできず、ターフに別れを告げた。

それでも史上2頭目の三冠牝馬として、引退後は生まれ故郷である下河辺牧場にて繁殖入り。もちろん、大きな期待が寄せられたのは言うまでもない。

そして、初交配の相手は、2004年のNHKマイルカップ(G1)と日本ダービー(G1)を制したキングカメハメハとなり、翌年の2月に牡馬を出産。

しかし、初仔を出産した年の同年8月に腸閉塞を引き起こす腸重積のため、この世を去った。
享年7歳は、あまりにも早すぎるだろう。

そして、残された唯一の産駒「スティルインラブの2007」はジューダと名付けられ、2010年3月にデビューするも中央・地方を合わせ12戦2勝で引退。
その後は相馬野馬追で活躍したが、現在では、三冠牝馬スティルインラブの血を受け継ぐ競走馬は、1頭も存在しない。惜しい限りである。

今でも愛している――その馬名の通り、スティルインラブが魅せた勇姿、アドマイヤグルーヴとの激闘は多くの競馬ファンの脳裏に焼き付き、今でも多くのファンに愛されていることだろう。

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サンデーサイレンス Halo Hail to Reason
Cosmah
Wishing Well Understanding
Mountain Flower
ブラダマンテ Roberto Hail to Reason
Bramalea
Sulemeif Northern Dancer
Barely Even

生涯戦績 16戦 5勝(5-2-1-8)
主な勝鞍 桜花賞、オークス、秋華賞

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