近代サラブレッドの約80%はノーザンダンサーに繋がっている【競馬コラム】

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近代サラブレッドの約80%はノーザンダンサーに繋がっている【競馬コラム】

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「ノーザンダンサーの血の一滴は、1カラットのダイヤモンドよりも価値がある」

これは、世界の競馬界にとって、あまりにも有名な言葉である。

しかし、今の日本競馬では、サンデーサイレンスからディープインパクト、またはキングカメハメハといった二大種牡馬の血が多く見られるため、約60年前に活躍したノーザンダンサーのことを知らない競馬ファンもいるのではないだろうか。
ただ、彼らの血統を辿れば、全てノーザンダンサーの血が入っている。
また、海外競馬も然り。近年、多くの活躍馬を輩出しているフランケルなども3代4代前を見れば、ノーザンダンサーに辿りつく。そのため、近代競馬のサラブレッドの約80%にその血が入っていると言われているのだ。
逆にノーザンダンサーの血が入っていない馬を探す方が難しい――それほど、ノーザンダンサーは、世界の競馬界に大きな影響を与えた大種牡馬である。

そこで今回は、改めてノーザンダンサーの功績を振り返っていきたい。

ノーザンダンサーとは?

ノーザンダンサー(Northern Dancer)は、1961年5月27日にカナダで生まれた競走馬であり、カナダ産馬として、初めてケンタッキーダービー(米G1)を制した名馬である。

血統表は以下のようになっている。

Nearctic Nearco Pharos
Nogara
Lady Angela Hyperion
Sister Sarah
Natalma Native Dancer Polynesian
Geisha
Almahmoud Mahmoud
Arbitrator

日本最強馬の礎を築いたフェデリコ・テシオの最高傑作の1頭であるネアルコを祖父に持つノーザンダンサーの生涯成績は、18戦14勝(14-2-2-0)と非常に優秀だった。

なお、幼駒だった頃には、去勢手術の話まで出ていたほどの気性難だったそうだが、仮に去勢手術を受けていたと考えると、今の世界競馬は築かれていなかっただろう。

次に産駒数をみてみると、生涯で635頭とディープインパクトらと比べても約3分の1程度とかなり少ない。
これは、高額な種付け料(一時は2億円とまで言われた)と厳選された繁殖牝馬のみにしか種付けを行わなかったとされている。
それでも、これだけ世界競馬に多大な影響力を与えたノーザンダンサーの偉大さは何物にも変えられない凄さである。

ノーザンダンサーの後継種牡馬たち

次に注目したいのは、なぜ現代のサラブレッドの約80%以上は、ノーザンダンサーの血が入っているのか。それは後継種牡馬が多数存在するからである。

ここで主な有名産駒(種牡馬)をみてみると、 

・ヴァイスリーガル(Viceregal)
1968年のカナダ年間最優秀馬でノーザンダンサーの初年度産駒。マーベラスサンデーの母の父。

・ニジンスキー(Nijinsky)
1970年英国年度代表馬。英国3冠、キングジョージ6世&クイーンエリザベスS(英G1)、愛国ダービー(愛G1)、デューハーストS(英G1)などを勝ち、生涯成績は13戦11勝。
マルゼンスキー(スペシャルウイークライスシャワーウイニングチケットの母の父)やカーリアン(タイキシャトルの母の父)、神の馬ラムタラの父としても有名でノーザンダンサーの最高傑作と言われている。

・ミンスキー(Minsky)
1970年愛国最優秀2歳馬。ベレスフォードS、レイルウェイSなど28戦8勝。種牡馬生活は3年と短い。日本ではビゼンニシキ(ダイタクヘリオスの父)の母の父にあたる。

・リファール(Lyphard)
ジャック・ル・マロワ賞(仏G1)、フォレ賞(仏G1)を制した。主な産駒は1980年最強馬と称されているダンシングブレーヴ(キングヘイローの父であり、スイープトウショウの母の父でもある)やマニラなど多数。日本では、メジロラモーヌの父(モガミ)の父でもある。

・ナイスダンサー(Nice Dancer)
1972年のカナダ最優秀3歳牡馬。ブリーダーズSなど重賞6勝を挙げた。1979年に日本に輸出後、ナイスネイチャを輩出した。また、トウカイテイオーの母の父としても有名。

・ノーザンテースト(Northern Taste)
1974年フォレ賞(仏G1)の勝ち馬。言わずと知れた日本競馬の礎を築いたと言っても過言ではない大種牡馬。日本ではアンバーシャダイ(サクラバクシンオーの伯父)やダイナガリバー、オークス馬ダイナカール(エアグルーヴの母)、重賞4勝を挙げたスカーレットブーケ(ダイワスカーレットの母)といった多くの名馬を輩出し、10年間(1982-1992年)に渡りリーディングサイアーの座に就いた

・ザミンストレル(The Minstrel)
1977年のイギリス年度代表馬。英・愛ダービー、キングジョージ6世&クイーンエリザベスS、デューハーストSなどを勝利。主な産駒はパレスミュージック(シガーの父)など。

・トライマイベスト(Try My Best)
英・愛国最優秀2歳馬。デューハーストSなどを勝利し通算5戦4勝。全弟にエルグランセニョールがいる。主な産駒はキングカメハメハの母の父でもあるラストタイクーンなど。

・ヌレイエフ(Nureyev)
現役時は感染症のため、3戦2勝(主な勝ち鞍はジュベル賞)と早期引退したが、欧米で多数の活躍馬を輩出。主な産駒はシアトリカル(ヒシアマゾンの父)やミエスク(キングマンボの母)、ソヴィエトスターにハートレイク、パントレセレブルなど。
また日本では、トゥザヴィクトリーやジャングルポケット、ゴールドアリュール、フサイチパンドラ(アーモンドアイの母)の母の父としても有名。

・ストームバード(Storm Bird)
1980年英・愛国の最優秀2歳馬。主な勝ち鞍はデューハーストS、ナショナルS(英G1)など。主な産駒は、名種牡馬ストームキャットを輩出したことでノーザンダンサー系からストームバード系として独立扱いを受けるほど、その血を世界中に広めている。
なお、日本では、スキーキャプテン(スキーパラダイスの半弟)が外国産馬として活躍した。

エルグランセニョール(El Gran Senor)
1984年の欧州年度代表馬。英2000ギニーなどG1・3勝を挙げ生涯成績8戦7勝と連対率は100%を誇った。代表産駒はベルメッツや日本でも供用されたロドリゴデトリアーノなど。

サドラーズウェルズ(Sadler´s wells)
愛国2000ギニー(愛G1)、エクリプスS(英G1)、愛国チャンピオンS(愛G1)などを勝ち、種牡馬としてはニジンスキーとともにノーザンダンサーの後継種牡馬として活躍。英・愛・仏国で計17回もリーディングサイアーに輝くなど、スーパーサイアーとして『サドラーズウェルズ系』を確立した。
主な産駒はオペラハウス(テイエムオペラオーの父)やカーネギー、モンジュー(エルコンドルパサーと凱旋門賞で死闘を演じた)にガリレオ(世界最強馬との呼び声が高いフランケルの父)と挙げればキリがないほど多数。
日本ではフサイチコンコルドや
シーザリオの母の父としても有名で、世界的には、あの世界最強牝馬エネイブルの母の父としても知られている。

その血は、母の父としても

後継種牡馬だけでもノーザンダンサーの血が世界中のサラブレッドに広がっていることは一目瞭然だが、当然、その血は、娘たちによっても多く広げられている。
日本においては、ナリタブライアン・ビワハヤヒデの最強兄弟の母パシフィカスや1993年の牝馬二冠馬ベガの母アンティックヴァリューなどがそれにあたる。

ノーザンダンサーの血が消えることはない?

これだけ多くの後継種牡馬や優秀な繁殖牝馬を残したノーザンダンサー。その血が、近代競馬のサラブレッドに約80%も流れていると言われても何ら不思議さを感じない。
そして、日本でも例外ではなく、この先も多くのサラブレッドの血統表を遡れば、その名が消えることはないと思われる。
それだけ世界の競馬に多大な功績を残したノーザンダンサーは、紛れもなく”20世紀最高の種牡馬”と言っても過言ではないだろう。

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